
「風呂キャンセル界隈」「汚部屋」は怠けや性格の問題?精神医学の視点からクリニック院長岡本先生にお伺いしました
「風呂キャンセル界隈」といった言葉が聞かれるようになってどのくらい経つのか・・。
一定期間流行して過ぎ去っていく現象と思いがちですが、実は現代人の課題が隠されていると言います。
精神科医師でフィールファインクリニック院長の岡本先生に解説いただきました。

「風呂キャン」「汚部屋」は、現代人の課題?
「今日はもう、お風呂はいいか」
そう思った経験がある人は、きっと少なくないと思われます。
SNSで「風呂キャンセル界隈」という言葉が話題となり、片付けられない「汚部屋」の実態も含めて、決して少なくはない人の実感に触れている状況にあると思われます。
果たして、それらの現象は単なる怠けや性格の問題なのでしょうか?
かつて、入浴や掃除は「当たり前の生活習慣」とされてきました。
しかし今、少なくはない人々がこの「当たり前」を維持できずに立ち尽くしていると考えます。
精神科医の視点から見れば、これは単なるバズったワードや若者の流行などではありません。
現代人の心が発している「静かな悲鳴」に聞こえてなりません。
お風呂は「もっともコストの高い」家事である:実行機能の視点
「お風呂に入る」という行為を分解してみたことはあるでしょうか?
服を脱ぎ、温度を調節し、髪を洗い、体を洗い、流し、拭き、そして最大の難関である「両腕を肩より上に上げてドライヤーで髪を乾かす」。
入浴行動は10ステップ近くにも及ぶ高度なマルチタスクなのです。
それでいて生物として生きるのに絶対不可欠という行為ではないことからも、セーブモードでは真っ先に後回しになりやすいといえます。
精神医学の用語として「実行機能」という言葉があります。
それは、物事の順序を立て、感情を制御し、行動を完遂させる脳の司令塔のような働きを指します。
その機能低下の結果としての現象と捉えられ、下記の疾患状態において特に認められます。
ADHD(注意欠如多動症)
脳の報酬系が特異なため、「すぐには快楽が得られない、工程の多い作業」に対して、脳にエンジンをかけることが困難となっているため。
うつ病・適応障害(うつ状態)
脳が疲労し、エネルギーが枯渇しているため、この複雑な工程のどこかで思考がストップし、動き出しにくくなっているため。
「お風呂に入れない」のはやらないという怠けではなく、あなたの脳がオーバーワークでやりたくてもできないという警告なのです。
「社会的自己」の肥大化と、放置される「私的自己」
現代社会は、かつてないほどの「過剰適応」を私たちに強いていると考えています。
職場や家庭内での様々な役割、SNSでの「見られる自分」、24時間途切れない通知、比較せずにはいられない対象の数々、価値観の多様化と共に存在する正解の曖昧さ、選択肢が無限にあるようでいて一歩間違えれば脱落するかもしれない不確実な不安。
このような「自分をプロデュースし続けなければならない」というプレッシャーが、私たちの「社会的自己」を極限まで肥大化させ、結果としてボロボロに心を疲れさせているのではないでしょうか。
マルチタスクと情報過多
絶え間ない膨大な情報流入は、脳を常に「過覚醒」の状態に置いてしまいます。
私的な自己へのエネルギー不足
外で「ちゃんとした自分」を維持するためにエネルギーを使い果たし、帰宅した後には自分自身をケアする(=私的自己を労わる)ためのバッテリーが1%も残っていないという事態に陥ります。
その結果、誰の目も触れない「お風呂」や「自室の床」が、真っ先にケアの対象から外れていきます。
風呂キャンセルや汚部屋は、外の世界で戦いすぎた人の限界の姿を表現している事象であることも念頭に置くべきものと考えます。
加えて、食事への配慮不足も必要なビタミン・ミネラル等の欠乏を招き、より一層の心身の機能低下を生じさせ悪循環に陥る可能性もあり得ます。
「自分を大切にできない」背景にあるトラウマとセルフネグレクト
さらに、トラウマを扱う自分が推察することとして、そこには「セルフネグレクト(自己放任)」という心の問題が潜んでいる可能性が存在していると考えます。
自分を清潔に保ち、居心地の良い環境を整えることは、「自分には大切にされる価値がある」という自己肯定感に基づいているものです。しかし、過去に受けた心の傷(トラウマ)や、過酷な養育環境を経験した人は、潜在意識の中で「自分なんてどうなってもいい」という感覚を抱えてしまうことがあります。
凍りつきと麻痺
辛い記憶から身を守るために感情を麻痺させると、問題に対処するための行動を凍結させ、不潔さに対する不快感やケアを求める身体の感覚までもが鈍くなってしまうことがあるのです。
自己処罰としての風呂キャンセルと汚部屋
「自分はダメな存在だ」という罪悪感が、無意識に自分を劣悪な環境に閉じ込め、罰するような行動(セルフネグレクト)に繋がる人も少なくはないのです。
なぜ今、ADHDや生きづらさを抱える人が増えているのか?
ここ数年間、発達障碍の特性を持つ人が次々と外来を訪れているという私的な臨床的実感は、単なる気のせいではありません。
スピーディーでマルチタスクを課する社会とのミスマッチさはもちろんのこと、最新の研究では、診断技術の向上や社会的認知度の上昇だけでなく、環境ホルモンと呼ばれる化学物質への曝露の増加や食材・食生活の抗い難い変化に伴う腸内環境の悪化(脳腸相関の乱れ)といった生物学的要因が、脳の発達と特性の顕在化に影響を与えている可能性が指摘されています。
さらに、社会的な「孤独と孤立」の増加と経済的困窮も無視できないと考えます。
かつては家族や近隣の目が最低限の生活を維持する外部の強制力として働いていたと思われます。
しかし、孤立が進んだ現代では、その外力が外れ一度バランスを崩すと一気にセルフネグレクトが深刻化しやすい土壌があると思います。
当然、先に論じたセルフプロデュースへの負荷も寄与していると考えています。
「キャンセル」している自分を救うための処方箋
もし、あなたが今「お風呂に入れない」「片付けられない」と悩んでいるなら、以下のステップを試してみると良いかもしれません。
1)「全部やる」をキャンセルする(スモールステップ)
お風呂は「入るか、入らないか」の二択ではありません。
「今日は顔を拭くだけで100点」「床のゴミを3つだけ捨てる」などと、ハードルを地面まで下げてみましょう。
3)身体の感覚を少しだけ取り戻す
過労やトラウマで麻痺した感覚を癒すには、小さな「心地よさ」が大切です。
お気に入りの香りのハンドクリームを塗る、温かい飲み物を一口飲む。
それだけで脳は「自分をケアしている」という信号を受け取るものです。
3)「だらしなさ」というレッテルを捨てる
これらの現象に関する真実は、心身の「機能不全」なのです。
自分を責めるとストレスホルモンが増えて悪循環になります。
「今は脳が休息を求めているのだ」と、現状をありのまま受け入れてあげることが改善への近道となるでしょう。
おわりに:専門家の手を借りるという選択
もし、こうした状態が数ヶ月続き、眠れないことや消えてしまいたいという気持ちが混ざるようなら、それは心の専門機関を受診するタイミングかもしれません。
精神科医や心理カウンセラーは、あなたを裁く存在ではなく、絡まった糸を一緒に解きほぐすパートナーです。
お風呂に入れない夜があってもいい。
部屋が散らかっていてもいい。
そんなことで、あなたの価値は1ミリも損なわれません。
まずは深く息を吐き、今日一日を生き抜いた自分を少しでも褒めてあげ、当たり前のことにも感謝の気持ちを注いでみる。
自分自身に小さなOKを与えることから始めてみませんか。
[執筆者]

岡本浩一先生
精神科医師
フィールファインクリニック院長
川崎市新百合ヶ丘駅近くにて開院20周年を迎え、一貫して「丁寧でオーダーメイドな診療」を実践。
日本栄養精神医学会認定医・指導医。
栄養療法や水素療法等の多角的なアプローチに加え、公認心理師や精神保健福祉士との連携によるバイオ・サイコ・ソーシャルな多面的関わりを志向。
現代社会特有の生きづらさに対し、全人的視座から、回復への道筋を共に歩む伴走者としての診療を大切にしている。
・精神保健指定医
・精神科専門医
・認定産業医
フィールファインクリニック
https://www.feelfine-cl.com/index.html



