
連休明けに仕事や学校に行きたくないのは環境と脳が原因?精神科医の岡本先生にお伺いしました
長期の休暇の前後になると頻繁に聞かれる「5月病」。でもなぜ5月なの?
精神科医師でフィールファインクリニック院長の岡本先生に解説いただきました。

「5月病」という言葉の裏にある真実
新年度の喧騒が一段落し、新緑が眩しい季節になると、耳にすることの多いのが「5月病」という言葉です。
・朝に布団から出られない。
・体が鉛のように重い。
・会社や学校に行くことを考えると、理由のない不安に襲われる
そのような訴えの患者が増える5月という実感は強くあります。
まず、最初にお伝えしたいのは、5月病は決して「心の弱さ」や「甘え」ではないということです。
精神医学的には「適応障害」や「軽症うつ病」と診断されることが多い状態に近いと考えますが、その多くは「4月からの過剰な頑張りによる、脳のエネルギー切れ」として説明できるものです。
同時に環境への違和感や人間関係の緊張など、いくつかの要因が重なって起こることも決して少なくありません。
私たちは4月、新しい環境に馴染もうと必死になるものです。
このとき、脳はフル回転で変化ストレスと戦っています。
そして、5月の連休という「休止符」をきっかけに、張り詰めていた緊張の糸がプツンと切れてしまうのは、むしろ脳が自らを守るために作動させた「安全装置(ブレーカー)」のようなものと考えられます。
5月病は、まさに心が正常に機能している証拠と言える現象なのです。
変化の正体:なぜ「新しい環境」は脳を削るのか
なぜ、4月の変化はこれほどまでに私たちを揃って疲弊させるのでしょうか。
そこには「心理的なラベルの貼り替え」と「物理的な刺激負荷」という二重のストレスが背景に存在していると考えます。
「役割」という重い衣装と過剰適応
人間は社会的な動物であり、周囲からの期待、つまり「ラベル」に合わせて振る舞う性質があります。
「新人」「リーダー」「有名中高学生」といった新しいラベルを貼られると、脳は無意識的に「その役割にふさわしい自分」を演じようとします。
本来の自分と、求められる役割とのギャップを埋める作業は、スマートフォンのバックグラウンドで常に重いアプリを動かしているようなもので、精神的エネルギーを相当に消費してしまうものです。
物理的負荷:通勤ラッシュと五感のオーバーロード
新しい場所や環境に否応にも晒されるのは勿論のこと、特に都市部においては、通勤、通学環境の変化も無視できません。
満員電車の騒音、密着、他者の視線。
これらは脳の扁桃体(不安や恐怖に関わる部位)を常に刺激し、身体を「戦闘モード」に固定させていきます。
テレワークから出社へと切り替わった方にとっては、以前の当たり前程度の「情報の波」を処理するだけで、脳の情報処理能力が限界に達してしまうような事態にも陥る可能性があるのです。
5月病のメカニズム:孤立という「痛み」と枯渇
5月の不調を加速させるもう一つの大きな要因は、新しい集団における「孤立と孤独」であると考えます。
脳が感じる「社会的痛み」
新しい職場や学校で、周囲がすでに打ち解けているように見えるとき、私たちは「自分だけが浮いているのではないか」という強い不安焦燥感に駆られます。
最新の脳科学の研究では、集団から排除されたり孤立したりする「心の痛み」は、身体的な怪我をしたときと同じ脳の領域で処理されることが分かっています。
原始の時代には仲間・群れからの孤立は、同時に死を意味するような出来事であったが故と考えられています。
つまり、孤独は単なる気分ではなく、脳にとって実在する「生死にも関わるような痛み」なのです。
セロトニンの枯渇とリアリティ・ショック
4月中、私たちはアドレナリンやコルチゾールといったストレスホルモンを分泌して、無理やり心身を奮い立たせています。
しかし、連休で一度弛緩すると、これらの「闘争用ホルモン」の分泌が低下します。
そのとき、安心感や心の安定を司る「セロトニン」が不足していると、こころは一気に無防備な状態になりえます。
連休中に失われた自分に気づき、我に返り「素の自分」に戻った分、連休明けに再び「役割を演じる自分」に戻ることへの拒絶反応が、強い倦怠感や憂うつとして現れると思われます。
予防と対策:今日からできる「心のメンテナンス」
このエネルギー切れの状態から回復し、適応障害やうつ病へと進行させないためには、脳内環境を物理的に整えるアプローチが重要となるでしょう。
1)思考の処方箋:「60点主義」の推奨
5月は、100点を目指す時期ではありません。
まずは「会社に行った」「朝起きた」という事実だけで自分に満点を与えてみましょう。
この時期の目標は、成果を出すことではなく「ただ、そこに居続けること」で十分なのです。
また、新しい集団では無理に仲間に加わろうとせず、「挨拶だけは自分からする」という最小限のルールに留めましょう。
挨拶ができているという事実は、脳に「自分は安全な場所にいる」という最低限の安心感を与えてくれることでしょう。
人生には60点で必要十分な時期もあるのです。
2)栄養の処方箋:脳の原料を補給する
栄養療法に詳しい精神科医による視点から強調したいのが、食事によるバックアップもおろそかにしないということです。
まずは「朝にたんぱく質をとる(朝食を抜かない)」ことだけでも意識してみてください。
セロトニンの原料
朝食にバナナ、卵、大豆製品、乳製品などのタンパク質(トリプトファン)を摂りましょう。
これが日中の安定と夜の良質な睡眠を作ります。
脳神経系における物質生成の鍵(鉄とマグネシウム)
脳が重要な神経伝達物質を作る過程で、鉄やマグネシウムは欠かせないミネラルです。
赤身の肉や魚、海藻類、ナッツ類を意識的に摂取しましょう。
特に疲れが取れない、足がつりやすいといったサインがあるときは、これらのミネラルが不足している可能性があると思われます。
日光とリズム運動
起床時間を整え、起床後30分以内に5分でも日光を浴びること。
よく噛んで食べること。一定のリズムによる歩行をすること。
姿勢を正して深呼吸など、その繰り返しがセロトニン神経系を活性化させます。
3)物理的な防衛:ラッシュストレスからの回避
通勤時の不快な刺激や情報の津波から積極的に脳を守りましょう。
スマホを見過ぎない、ヘッドホンで音を遮断する、目を閉じて視覚情報を制限する。
ポケットの中の触り心地の良いハンカチ・タオルに触れる(タクタイル刺激)といった行為は、過剰に興奮した脳を鎮める効果があると思われます。
結びに代えて:立ち止まる勇気を
もし、脳の休息やセロトニンケアを意識しても、2週間以上日常生活に支障が出るほどの落ち込みや意欲低下、不眠が続く場合、あるいは現実感が乏しくなる、普段の自分とは明らかに異なる違和感を覚えたりする場合は、一人で抱え込まずに信頼できる身近な人や専門医を頼ることをお勧めします。
それは恥ずべきことではなく、適切なメンテナンスの一環です。
5月病は、あなたがこの1か月間、新しい環境で誰かのために、あるいは自分の未来のために、精一杯「適応」しようと挑んできた証なのです。
今の時期に立ち止まり、深呼吸をすることは、決して後退ではありません。
これから続く長い人生という旅路を歩み続けるための、賢明で、かつ必要な「戦略的休息」であると考えます。
まずは自分自身に「今日までよく持ちこたえたね」と声をかけることから始めてみませんか。
[執筆者]

岡本浩一先生
精神科医師
フィールファインクリニック院長
川崎市新百合ヶ丘駅近くにて開院20周年を迎え、一貫して「丁寧でオーダーメイドな診療」を実践。
日本栄養精神医学会認定医・指導医。
栄養療法や水素療法等の多角的なアプローチに加え、公認心理師や精神保健福祉士との連携によるバイオ・サイコ・ソーシャルな多面的関わりを志向。
現代社会特有の生きづらさに対し、全人的視座から、回復への道筋を共に歩む伴走者としての診療を大切にしている。
・精神保健指定医
・精神科専門医
・認定産業医
フィールファインクリニック
https://www.feelfine-cl.com/index.html



