
やる気がないだけ?知っているようで知らないセルフネグレクト。クリニック院長飯島先生にお伺いしました。
近年話題になった「風呂キャン」「汚部屋」といったワード。
いい加減でだらしのない若い世代を表す言葉として、滑稽な内容で伝えられることすらあります。
しかし、私たちは自分をいい加減に扱ってしまう、いわゆる「セルフネグレクト」が抱える問題の本当の大きさについて、気づけていないだけなのかもしれません。
不登校/こどもと大人の漢方・心療内科 出雲いいじまクリニック 院長の飯島慶郎先生による解説です。

困っているのに、困っていない人たち
心療内科医として診療を続けていると、「困っているはずなのに、困っていないと言う人」に出会うことがあります。
たとえば、明らかに何日も入浴していない様子で来院された方に「お風呂は入れていますか?」と尋ねると、「別に気にならないです」と返ってくる。
部屋の状態を聞くと、ゴミが膝の高さまで積もっているというのに、「自分なりに片づいています」と答える。
ご家族が心配して受診を促しても、「余計なお世話だ」「放っておいてくれ」と拒絶する。
本人は苦しんでいないように見える。
助けを求めていない。
それどころか、助けをはっきりと拒否する。
けれども、客観的に見れば健康も生活も確実に蝕まれている。
これが「セルフネグレクト」の、最も厄介な本質です。
セルフネグレクトとは、入浴、食事、掃除、服薬、通院など、健康や安全を保つために必要な身の回りのことを、自分でしなくなっている(あるいは、できなくなっている)状態を指します。日本語では「自己放任」と訳されることもあります。
他の多くの病気とここが決定的に違います。
骨を折った人は「痛い」という。
熱が出た人は「つらい」という。
ところがセルフネグレクトの状態にある人の多くは、「自分は大丈夫だ」と言い、時にはそう信じてすらいます。
だから周囲の手が届かない。問題は水面下で、静かに深刻化していくのです。
セルフネグレクトという言葉の成り立ち
「ネグレクト」という言葉は、児童虐待の文脈でご存じの方も多いでしょう。
親が子供に食事を与えない、入浴させない、病院に連れていかない。
これは「チャイルド・ネグレクト(養育の放棄)」です。
セルフネグレクトは、その矢印が自分自身に向いた状態、つまり「自分で自分を放置する」ことです。
虐待されている子供は、多くの場合、自分が苦しいことを自覚しています。
泣く、助けを求める、逃げようとする。
セルフネグレクト状態にある人は違います。
自分の状態を問題だと思っていないことが少なくない。
問題だとわかっていても、変えようとしない。
この「本人が困っていない」「変わろうとしない」という壁が、セルフネグレクトを特別に厄介なものにしているのです。
ディオゲネス症候群:概念の原点
セルフネグレクトが医学の世界で注目されるようになったきっかけは、1975年にイギリスの有名な医学誌『ランセット』に発表された論文でした。
Clarkらが報告したのは、極度に不衛生な環境で暮らし、身体の清潔も顧みない高齢者30名の姿です。
そのうち3分の1は、社会サービスからの援助を頑なに拒否していました[1]。
この状態は、樽の中で暮らした古代ギリシャの哲学者にちなんで「ディオゲネス症候群」と名づけられました(もっとも、ディオゲネス本人は質素な生活を自ら選んだ哲学者なので、この命名は正確ではないという批判もあります)。
ディオゲネス症候群はセルフネグレクトの最も極端な形ですが、研究で重要なことがわかりました。
こうした患者の約半数には、認知症や精神疾患が見つかりました。
ところが残りの半数には、明確な精神的な病気が認められなかったのです[1]。
「病気だからセルフネグレクトになる」という単純な構図では説明できない複雑さが、最初からこの概念には含まれていました。
「できない」と「しない」のあいだ
セルフネグレクトの研究が進むにつれ、その定義も整理されてきました。
現在広く使われている分類では、セルフネグレクトは「意図的なもの」と「非意図的なもの」の2つに分けて考えられています。
非意図的なセルフネグレクトは比較的わかりやすい。認知症やうつ病などの病気によって、身の回りのことをする力そのものが損なわれている状態です。
「やりたくてもできない」
ただし、力が落ちていること自体に気づいていないこともあります。
より理解が難しいのは意図的なセルフネグレクトのほうです。
判断力はある程度残っている。
それにもかかわらず、自分の世話をしない。
周囲が手を差し伸べても、はっきりと拒否する。
「それなら、本人の自由では?」
こう思われるかもしれません。
これが、セルフネグレクトをめぐる最も難しい問いです。
「本人の意思」と「放っておけない現実」のあいだで
私たちは皆、自分の生活をどう営むかを自分で決める権利を持っています。
多少部屋が散らかっていようと、食事が偏っていようと、他人に指図される筋合いはありません。
「大きなお世話」という言葉は、この文脈では決して間違いではありません。
ただ、セルフネグレクト状態にある人の「大丈夫です」「放っておいてください」という言葉を、どこまで額面通りに受け取れるのか、ここが問題です。
まず、「自分が病気だ」という自覚がないケースがあります。
これを医療の世界では「病識がない」といいます。
認知症の初期段階では、本人は自分の判断力が落ちていることに気づいていません。
うつ病が深刻な状態になると、「自分なんかどうなってもいい」という感覚が、病気の症状として生じてきます。
「大丈夫」と言っている本人の判断力そのものが、病気によって狂わされている。
そういうことが、実際に起こるのです。
もう一つ、セルフネグレクトは本人だけの問題にとどまりません。
ゴミ屋敷は近隣の衛生環境や火災リスクに直結します。
そして何より、セルフネグレクトの先にあるのは、しばしば孤立死です。
日本の調査では、全国の自治体や関係機関が把握していた孤立死事例を収集・分析したところ、そのうち約8割が生前にセルフネグレクト状態にあった可能性があることが報告されています[3]。
「放っておいてくれ」と言っていた人が、誰にも看取られずに亡くなっていく。
この事実を前にしたとき、「本人が望んでいるのだから」という論理だけでは、どうしても済ませられないものがあるのです。
セルフネグレクトの具体像:6つの顔
では、セルフネグレクトは具体的にどのような姿をとるのでしょうか。
6つの面について、説明いたします。
1)身体の不衛生
第一に、身体の不衛生です。
・入浴をしない
・歯を磨かない
・爪が伸び放題
・衣服が汚れたまま何日も同じものを着ている
本人に指摘しても「気にならない」「別に問題ない」と返されるのが典型的です。
2)住環境の不衛生
第二に、住環境の不衛生です。
・ゴミが溜まる
・害虫が発生する
・床に物が散乱して足の踏み場がない
いわゆる「ゴミ屋敷」はこの極端な形ですが、流しに洗い物が何日も溜まっている段階から兆候は始まっています。
「片づけましょう」と申し出ても、「触らないで」と言って結局やらない。
3)医療ケアの放棄
第三に、医療やケアの放棄です。
病気があるのに通院しない。
処方薬を飲まない。
「病院に行きましょう」と言っても、「自分の体は自分が一番わかっている」と拒否される。
4)栄養状態の悪化
第四に、栄養状態の悪化です。
食事を作る気力がなく、菓子パンやカップ麺だけで何日も過ごす。
あるいは食べること自体を忘れてしまう。
5)管理の破綻
第五に、金銭や書類の管理の破綻です。
郵便物が未開封のまま積み上がり、請求書の支払いが滞る。
この「事務的なケア」の崩壊は外から気づかれにくいため、深刻化しやすい領域です。
6)社会からの孤立
第六に、社会からの孤立です。
人と会うことが億劫になり、連絡を返さなくなる。
外出が減り、やがて異変が起きても誰にも気づかれない状態に陥っていく。
この6つは単独で存在するのではなく、互いに連鎖して進行します。
どの側面にも共通するのは、周囲が問題を認識しても、本人がそれを問題だと感じていない、という構造です。
セルフネグレクトの「脳」の問題:段取りをつける力の障害
セルフネグレクトを理解するうえで、ぜひ知っておいていただきたい概念があります。
「実行機能」と、その障害です。
複数の研究が、物忘れや知能の低下とは別に、「実行機能の障害」こそがセルフネグレクトの鍵であることを明らかにしています[4][5]。
「実行機能」という言葉は聞き慣れないかもしれません。
一言でいえば、「段取りをつける脳の力」のことです。
おでこの奥あたりにある「前頭前皮質」という脳の領域が中心になって働いています。
・計画を立てる
・優先順位をつける
・行動を始める
・途中で修正する
・衝動を抑える
・最後までやり遂げる
など、こうした力の総称です。
日常生活のほとんどは、この力の連携で成り立っています。
入浴を例にとりましょう。
「お風呂に入る」は一見シンプルですが、実際には
「今やっていることを中断する→浴室に移動する→服を脱ぐ→お湯を出す→体を洗う→頭を洗う→すすぐ→体を拭く→着替える→髪を乾かす」
と、10以上のステップから成る行為です。
実行機能が正常なとき、私たちはこれを意識することなくこなしています。
実行機能に影響があると、どうなる?
この力が衰えると、どうなるか。
テレビを見ている状態から「よし、お風呂に入ろう」と切り替えられない。
何から手をつけていいかわからない。
途中で別のことに意識が逸れて戻れない。
入浴という一連の行為が果てしなく大きな作業に感じられ、取りかかる前から疲弊してしまう。
掃除も、料理も、ゴミの分別も、請求書の支払いも、同じです。
大事なことなので繰り返しますが、これは「やる気がない」のではありません。
脳が段取りを組めなくなっているのです。
この障害は、特定の一つの病気だけに起こるものではありません。
うつ病になると、思考も行動も全体的にスローダウンし、最初の一歩が踏み出せなくなる。
認知症では判断力と計画力が徐々に失われていく。
ADHD(注意欠如・多動症:集中力のコントロールや衝動の抑制に困難がある発達障害)では、ゲームなど一つのことに没頭するあまり、食事も入浴も忘れてしまうことがある。
統合失調症では「陰性症状」と呼ばれる、意欲や自発性が失われる症状が出ることがあり、行動を起こす力が根本から低下する。
病名は違っても、実行機能の障害という「共通の出口」を通って、セルフネグレクトに行きつくのです。
『自分は大丈夫』は危険?客観的に振り返ることの重要性
もう一つ、大切なことをお伝えしておきます。
実行機能には「自分の状態を客観的に振り返る力」も含まれています。
この力が損なわれると、自分の生活がどれほど荒れているかを正しくとらえられなくなる。
部屋がゴミで溢れていても「問題ない」と感じる。
身体から異臭がしていても「気にならない」という。
強がりではありません。
問題を問題として認識する脳の働きそのものが落ちている。だからそう感じるのです。
「自分は大丈夫」「余計なお世話だ」という言葉の裏に、この「自分を振り返る力」の低下が隠れています。
本人は嘘をついているわけでも、わざと助けを拒否しているわけでもない。
脳の働きが落ちているために、助けが必要な状態にあることを自覚できていない。
だから善意の手を振り払い、状態がさらに悪化していく。
こうして悪循環が回り始めます。
なぜ気づかれにくく、なぜ助けられないのか
セルフネグレクトが深刻な社会問題であるのは、発見も手助けも難しいからです。
第一の壁は、じわじわと進行すること。
ある日突然始まるわけではありません。
「今日はお風呂いいか」「今週はゴミ出し忘れた」。
些細な変化が少しずつ常態化していく。本人にとっては「昨日と同じ」なので悪化に気づきにくく、毎日顔を合わせている家族も見落としがちです。
第二の壁は、本人が助けを受け入れないこと。
先に述べた脳の機能低下による自覚のなさに加え、心理的な要因も関わっています。
長年一人で生きてきたプライドが、他者の手助けを「自分の無能さの証明」と感じさせてしまう。
日本では特に、遠慮や気兼ねから支援を求めにくい文化的な背景もあるでしょう。
過去の辛い体験が影を落としていることもあります。
米国の研究(対象者69名)では、認知機能が保たれているにもかかわらずセルフネグレクト状態にある高齢者の語りを分析したところ、約3割に心理的に大きな喪失や別離の体験、約2割に暴力被害の経験が認められました[6]。
人を信じられなくなった体験が、助けの手を振り払う行動につながっていることがうかがえます。
善意で手を差し伸べても、はねつけられる。
無理に踏み込めば本人の意思を無視することになる。
かといって放置すれば状態は確実に悪化する。
この板挟みこそが、セルフネグレクトへの対応を難しくしている最大の理由です。
セルフネグレクトは高齢者だけの問題か
セルフネグレクトは長らく「高齢者の問題」とされてきました。
近年の調査が、そのイメージを覆しつつあります。
2020年の浦安市の調査では、セルフネグレクトが疑われる市民377名を把握し、その年代・性別ごとの構成比を分析しています。
注目すべきは、65歳未満の現役世代(213名)が65歳以上の高齢者(144名)を上回っていた点です。
年代・性別の詳細な分析でも、高齢者だけでなく40代から60代の現役世代にセルフネグレクトの傾向が広がっていることが示されました[7]。
この世代のセルフネグレクトは、高齢者のそれよりもさらに見つけにくい。
職場ではなんとか取り繕えていても、家に帰ると全く動けない。
「まだ若いから大丈夫」「仕事には行けているから」と、本人も周囲も問題を軽く見てしまう。
こうした「見えないセルフネグレクト」が、現代社会には相当数潜んでいると私は感じています。
放置するとどうなるか
「本人が満足しているなら放っておけばいい」。
そう考えたくなる気持ちはわかりますが、データは、それを許しません。
米国で約9,300人を長期間追跡した研究では、セルフネグレクト状態にある人は、1年以内の死亡リスクがそうでない人の約5.8倍にのぼりました(1年後以降でも約1.9倍)。
同じ研究で、他者から虐待を受けた人の全体的な死亡リスクは約1.4倍であり、セルフネグレクトの深刻さが浮き彫りになっています[8]。
退院してから30日以内に再入院する割合は2.5倍[9]。
救急外来の利用率は1.4倍[9]。助けを拒否し続けた結果、手遅れになってから医療にたどり着く人が多いことを、これらの数字は物語っています。
「放っておいてくれ」と言い続けた人が、誰にも看取られないまま亡くなる。
この現実を前にしたとき、「本人の自由だから」という言葉だけでは、やはり語り切れないものがあります。
社会はどう関わるべきか
セルフネグレクトへの対応が難しいのは、無理やり支援すれば本人の意思を踏みにじることになり、放っておけば命に関わるという、どちらを選んでも問題が残る構造があるからです。
英国の研究では、セルフネグレクトへの支援において良い成果を生んだ実践の特徴が分析されています[10]。
そこで浮かび上がったのは、時間をかけて信頼関係を構築すること、組織の特定の役割に当てはめるのではなくその人の生活史も含めた全体像を理解しようとすること、本人の意思決定能力を踏まえながらリスクを漸進的に和らげていくことの重要性でした。
完璧を目指すのではなく、「今日は玄関先で少しだけ話を聞いてもらえた」「ゴミの一つを持って帰ることを許してくれた」という小さな一歩を積み重ねる。
リスクをゼロにするのではなく、少しずつ軽減していくという発想です。
日本では地域包括支援センター(高齢者の暮らしを総合的に支える市区町村の相談窓口)が中心的な役割を担っていますが、現場の支援者たちが口をそろえていうのは、「初回の拒否は当たり前」ということ。
大切なのは、拒否されても関わり続けることです。
保健師、ケアマネジャー、民生委員、精神科医など、さまざまな専門職が手を取り合って粘り強く関わり続けることが欠かせません。
ただ、これは専門職だけの仕事ではありません。
「最近、隣のおばあちゃんの姿を見ないな」
「あの人、ずいぶん痩せたんじゃないか」
「郵便受けから郵便物があふれている」
そうした何気ない気づきが、深刻化する前の早期発見につながります。
おわりに:「自分は大丈夫」が危険信号であるとき
この記事の要点を、最後にもう一度まとめます。
セルフネグレクトが社会問題として特別に扱われるのは、生活が崩壊しつつあるのに本人はそれを問題だと思っていない、助けの手を差し伸べても拒否される、それでも放置すれば確実に健康は蝕まれ、最悪の場合、孤立死に至る・・・こういう構造があるからです。
その根底には、「段取りをつける脳の力」の低下がしばしば存在しています。
「大丈夫だ」と言っている本人の脳が、「大丈夫かどうかを判断する力」を失いかけている。
この逆説を知ることが、セルフネグレクトを理解する第一歩です。
もし、この記事を読んで「自分にも思い当たるところがある」と感じた方がいたら、それは大切な気づきです。
「まだ大丈夫」と思えているうちに、信頼できる人に相談してください。
精神科や心療内科の扉を叩くことは、自分を大切にする行為のはじまりです。
周囲の方がこの記事を読んで、身近な誰かの顔を思い浮かべたなら。
「余計なお世話だ」と言われる可能性を承知の上で、それでも声をかけ続けてほしいと思います。
セルフネグレクト状態にある人を救えるのは、拒否されてもなお関わり続ける、しつこいほどの善意なのです。
参考文献
1.Clark AN, Mankikar GD, Gray I. Diogenes syndrome: a clinical study of gross neglect in old age. The Lancet.1975;1(7903):366-368.
2.Dong XQ. Elder self-neglect: research and practice. Clinical Interventions in Aging.2017;12:949-954.
3.ニッセイ基礎研究所. セルフ・ネグレクトと孤立死に関する実態把握と地域支援のあり方に関する調査研究報告書(平成22年度厚生労働省老人保健健康増進等事業). 2011年.
4.Dyer CB, Goodwin JS, Pickens-Pace S, Burnett J, Kelly PA. Self-neglect among the elderly: a model based on more than 500 patients seen by a geriatric medicine team. American Journal of Public Health. 2007; 97(9): 1671-1676.
5.Dong X, Simon MA, Wilson RS, Mendes de Leon CF, Rajan KB, Evans DA. Decline in cognitive function and risk of elder self-neglect: finding from the Chicago Health Aging Project. Journal of the American Geriatrics Society. 2010; 58(12): 2292-2299.
6. Lien C, Rosen T, Bloemen EM, Abrams RC, Pavlou M, Lachs MS. Narratives of self-neglect: patterns of traumatic personal experiences and maladaptive behaviors in cognitively intact older adults. Journal of the American Geriatrics Society. 2016; 64(11): e195-e200.
7.浦安市. セルフ・ネグレクト対策に関する調査分析報告書. 2020年.
8.Dong X, Simon M, Mendes de Leon C, et al. Elder self-neglect and abuse and mortality risk in a community-dwelling population. JAMA. 2009; 302(5): 517-526.
9.Dong X, Simon MA. Elder self-neglect is associated with an increased rate of 30-day hospital readmission: findings from the Chicago Health and Aging Project. Gerontology. 2015; 61(1): 41-50./Dong X, Simon MA, Evans DA. Prospective study of the elder self-neglect and emergency department use in a community population. American Journal of Emergency Medicine. 2012; 30(4): 553-561.
10.Braye S, Orr D, Preston-Shoot M. Self-neglect policy and practice: building an evidence base for adult social care. London: Social Care Institute for Excellence(SCIE), 2014.
11.岸恵美子. ルポ ゴミ屋敷に棲む人々――孤立死を呼ぶ「セルフ・ネグレクト」の実態. 幻冬舎新書, 2012年.
12.岸恵美子 編著. セルフ・ネグレクトのアセスメントとケア――ツールを活用したゴミ屋敷・支援拒否・8050問題への対応. 中央法規, 2021年.
[執筆者]

飯島慶郎先生
不登校/こどもと大人の漢方・心療内科 出雲いいじまクリニック 院長
心療内科医、臨床心理士、総合診療医、内科医、漢方医、産業医など、マルチドクターとして活動。
得意とする分野は「心身症・不定愁訴」に対する漢方薬・向精神薬・心理療法・ケースワークを統合した総合的対人援助。
心身の軽微な不調を入口にクライアントの「人生そのもの」を癒やすことを実践。
近年は特に不登校診療に特化し、多くのこどもたちを改善に導いている。
不登校/こどもと大人の漢方・心療内科 出雲いいじまクリニック
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