
【キレイ今昔物語】ヒ素入り化粧水はキレイのためじゃなかった!?女性の生きづらさと美への執着
『肌を白くしたい』『シミやそばかすを失くしたい』『スリムでいたい』という考えでスキンケアをしたりサプリメントを飲んだりしている方は多いと思います。
美肌やダイエットが叶う成分がある?!
今回は、17世紀にヒットしたイタリアの化粧水と、18世紀から20世紀初頭に流行したキレイのための薬に共通する、とある成分についてお話しします。
調合師、ジュリア・トファナがつくった化粧水、アクア・トファナとは?!
17世紀のイタリアに、薬の調合師だった母から教わったレシピでさまざまな薬を調合していた美しい女性がいました。
彼女の名前はジュリアナ・トファナ。
彼女が母から教わったレシオピでつくられるアクア・トファナは、「Manna di San Nicola(聖ニコラウスの甘露)」と名付けられ、聖ニコラウスが描かれたガラス瓶に詰められて「肌が白くなる水」、すなわち今でいう美白化粧水として売られていました。
ジュリアナが他にも作っていた化粧品同様、アクア・トファナは貴婦人たちに飛ぶように売れたそうです。
今も昔も白い肌は人気なのね・・・と思われるかもしれません。
ですが、アクア・トファナには、
・ヒ素
・鉛
・ベラドンナ(猛毒のナス科植物)
が含まれていました。
全て毒とされる成分ですが、どうして化粧水に含まれていたのでしょうか。
当時はこれらの成分に美肌効果があると思われていたのでしょうか?
600人が犠牲に?!アクア・トファナ・・・その使用目的とは
実は美白化粧水は世を忍ぶ仮の姿・・・アクア・トファナは「女性たちだけが知る毒薬」として人気を集めていたのです。
購入者は貴婦人たち・・・では、飲まされていたのは誰なのでしょうか。
これは想像に難くないかもしれませんね、狙いは彼女たちの夫でした。
当時、ヨーロッパではカトリックが権力を握り、離婚(特に女性からの離婚)はほぼ認められることはなく、よほどのこと(夫が死ぬなど)がない限り、夫と別れることはできなかったのです。
そのため、夫が邪魔になった貴婦人たちは、彼らと離れるため、すなわち夫を天国に送るためにアクア・トファナを使用したそうです。
ジュリアナがつくったこのアクア・トファナは、無味無臭で食べ物や飲み物(ワインやスープなど)に入れても気づかれることはなかったそう。
ですが、食事をとった夫が急死したら、妻は毒殺を疑われてしまいますよね?
アクア・トファナの恐ろしいところは、摂取した相手を一気に死に至らしめるのではなく、毎日少しずつ与えることで段々と弱らせていき、自然死や病死に見せかけることができるのです。
アクア・トファナを利用した女性は、夫が亡くなるまでの間に夫の病気を心配する妻を演じ、夫に自分のための遺言書を書いてもらう時間もあったとか・・・。
まさに、完全犯罪!
その結果、アクア・トファナによる毒殺が露見するまでには、少なくとも100人以上、最大600人の死者が出たといわれています。
ジュリアナは捕縛され最後はローマで処刑されたとされていますが、その後もアクア・トファナは流通し続け、なんと作曲家のモーツアルトも「自分はアクア・トファナで毒殺された」と病床で語ったとか(諸説あります)。
アクア・トファナは当時の封建的な社会の中で、男性の所有物や道具としてしか扱われなかった女性たちを自由にする、救うためのものであったとも考えられています。
そのため、アクア・トファナは家父長制に反対する女性や女性の自由を掲げる一部のフェミニストたちのアイコンとして、現代でも利用されています。
毒殺のアイテムがアイコン・・・ちょっと考えさせられてしまいますね。
ヒ素は人気の美容薬!?
ジュリアナには毒として利用されたヒ素ですが、1900年代初頭まではヒ素は薬とも考えられていました。
18~19世紀ごろにはFowler’s Solution(フォウラー液)と呼ばれるヒ素が含まれた液体がそばかすや皮膚疾患の内服薬として、20世紀初頭にはDr. Rose’s Arsenic Complexion Wafers(ローズ博士のヒ素入り錠剤)が人気を集めていたそう。
これらヒ素入り薬の効果として、
・肌が白くなる→毒により血管が収縮
・ダイエット効果がある→毒により食欲が減退、吐き気や嘔吐が起こる
などがあるとされていましたが、実際は中毒になっていただけ・・・。
服用を続け、最終的には髪が抜けてしまったり、内臓がボロボロになったり、亡くなったりした方もたくさんいたそうです。
さらに、飲み薬だけでなく、Arsenic Soap(ヒ素入り石けん)やArsenic Cream(ヒ素入りクリーム)は肌を白くし顔色を良くする化粧品として普通に売られていました。
もちろん、現在ではありえないアイテムですが、当時は効果があると考えられていたため、ネーミングに堂々と「Arsenic(ヒ素)」とあるところに驚いてしまいますよね。
21世紀を生きる私たちには、信じられないような美容法ですが、現在でも未承認のダイエット薬で体を壊したり亡くなったりするなど、美を追求するあまりに健康を害するという本末転倒な事例は見られます。
「キレイになりたい」
その気持ちは素敵なものですが、まずは健康や安全があってのこと。
私たちも、後世の方に
「2025年はこんな美容法が信じられてたんだって」
「やばー、未開すぎる」
なんて言われないよう、気を付けたいですね。
[執筆者]
船木 彩夏
化粧品メーカー研究員
[出演情報]
2023.12.2 TBSラジオ:井上貴博 土曜日の「あ」
<資格>
・サプリメントアドバイザー
・健康管理士上級指導員
・健康管理能力検定1級
・日本化粧品検定 特級コスメコンシェルジュ
[監修]キレイ研究室編集部